よもやまごと

一日いちにち生きてりゃいろいろあるわね。

最近読んだ青空文庫

モルグ街の殺人 エドガー・アラン・ポー 佐々木直次郎

三人の双生児 海野十三

藪の中 芥川龍之介

イワンの馬鹿 レフ・トルストイ 菊池寛

鉄板ミステリに挑戦したいこの頃。

アガサクリスティー読んでみたい。

上3つは、トリックとかはまぁ置いておいて、状況・心情表現、設定が細かくて素晴らしい。藪の中、なんて草いきれと血生臭さが漂ってくるものね。犯人それかい…とかえーそんなのあり…?とかそもそもミステリなのか?とかはさておき。

イワンの馬鹿は、実直は美徳とされるということがよくわかった。けど素直に沁みるほど素直なわたしではない。のだ。純朴愚直であれたら、とは思う。そんなの生まれ持った素質なんでしょ、とひねくれながら。ふはは。

どんどん生まれる新しいものもたまに魅力的に映るけど、現代に伝わる古いものにはそれが伝わるだけの理由があるんだと思う。

それからわたしは、どんどん姿を変えていくものに抵抗を覚える。もう変わらない完結しているものに安心する。

コーヒーを淹れるとき。

わたしは数ヶ月前にコーヒーの淹れ方を覚えた。そして今、おいしく淹れるための法則を見つけるために毎朝実験をしている。

まず使う道具はすべて固定。それから挽き方も固定。豆はそのときどきによって。

コーヒーを淹れるのに大切なのは抽出温度と速度なんだろうなと思っていて、今はその二つに注意を払っている。

しかし毎朝どちらも方法を変えるのでは法則は見つからないと思っていて、今は温度固定の速度重視で淹れてみている。

動かない点と動き続ける点があったとき、動かない点があることで動き続ける点の動きの法則が見えてくる。動かない点が指標になる。

わたしにとって文学とは、動き続け変化し続けるわたしの指標なのかも。

死ぬまでに読んでおきたい本がいっぱいあるなあ。